2007年09月11日
パラオ 2
9月4日
パラオに来て2日目、昨日は夜についてしまったので、パラオの風景を見ることができなかったのですが、今朝ようやく見ることができました。
窓からはパラオ市内が眺められ、遠くには海を見ることができました。
市内の様子は、店などは少なく、パラオ内で一番の市街地らしいですが、私の田舎を思い出しました。
午前は、市内観光へ。
ベラウ国立博物館という、パラオの歴史を展示している博物館へ行きました。
ベラウとはパラオ語でパラオという意味です。
パラオは様々な国の植民地となった歴史があり、それを見ることができました。
ドイツ、スペイン、日本と様々な国がパラオを占領し、日本が占領していた、第二次世界大戦時の戦場となった時の展示もありました。
また、現地在住の日本人のガイドさんにパラオでの生活についても教えてもらいました。
野良鶏がいるとか、郵便ポストがなくて、郵便は直接郵便局に取りに行くとか。
その後、KVブリッジをみに行きました。
これは、日本のODAによって建てられた橋で、昔、韓国の
ODAで作られた橋が折れてしまったためにできた橋です。
折れた時には人がいなかったので、けが人などはなかったのですが、それを見に来た野次馬が海に落ちてなくなってしまったそうです。
残骸もまだ海の中に残っているそうです。
午後からは海へスノーケリングへ行きました。
パラオの海にはロックアイランドと言って、石の上に植物が生えた大きな岩のようなものが散在しています。
これはもともとひとつの大きなサンゴ礁であったのではないかといわれ、それが浸食や地殻変動などでこのようになったのではないかと考えられているそうです。
その後、砂浜のある島へ移動し、スノーケリング講習を受け、いざ海へ。
しかし、私はライフジャケットに強烈なアッパーをくらい、アップアップしていました。
ライフジャケットって前から止めるだけじゃなくて、股下からも紐を通して止めるんですね、でも、私が借りたライフジャケットはそれがなかったので浮いて浮いてしたたかに私のあごを直撃したというわけです。
でも、いざゴーグルをつけで海の中を見てみると、非常にきれいでそれまでの苦しさなど忘れてしまいました。
熱帯魚やサンゴ以外にも、鮫が見れたりしてとても幻想的でした。
夕食はドラゴン亭というところで、日本とパラオのちゃんぽん料理を食べました。
ササップという果物のジュースや、こうもりスープ(まるまる蝙蝠が入ってました!)など不思議な料理でも美味しく頂きました。
パラオに来て2日目、昨日は夜についてしまったので、パラオの風景を見ることができなかったのですが、今朝ようやく見ることができました。
窓からはパラオ市内が眺められ、遠くには海を見ることができました。
市内の様子は、店などは少なく、パラオ内で一番の市街地らしいですが、私の田舎を思い出しました。
午前は、市内観光へ。
ベラウ国立博物館という、パラオの歴史を展示している博物館へ行きました。
ベラウとはパラオ語でパラオという意味です。
パラオは様々な国の植民地となった歴史があり、それを見ることができました。
ドイツ、スペイン、日本と様々な国がパラオを占領し、日本が占領していた、第二次世界大戦時の戦場となった時の展示もありました。
また、現地在住の日本人のガイドさんにパラオでの生活についても教えてもらいました。
野良鶏がいるとか、郵便ポストがなくて、郵便は直接郵便局に取りに行くとか。
その後、KVブリッジをみに行きました。
これは、日本のODAによって建てられた橋で、昔、韓国の
ODAで作られた橋が折れてしまったためにできた橋です。
折れた時には人がいなかったので、けが人などはなかったのですが、それを見に来た野次馬が海に落ちてなくなってしまったそうです。
残骸もまだ海の中に残っているそうです。
午後からは海へスノーケリングへ行きました。
パラオの海にはロックアイランドと言って、石の上に植物が生えた大きな岩のようなものが散在しています。
これはもともとひとつの大きなサンゴ礁であったのではないかといわれ、それが浸食や地殻変動などでこのようになったのではないかと考えられているそうです。
その後、砂浜のある島へ移動し、スノーケリング講習を受け、いざ海へ。
しかし、私はライフジャケットに強烈なアッパーをくらい、アップアップしていました。
ライフジャケットって前から止めるだけじゃなくて、股下からも紐を通して止めるんですね、でも、私が借りたライフジャケットはそれがなかったので浮いて浮いてしたたかに私のあごを直撃したというわけです。
でも、いざゴーグルをつけで海の中を見てみると、非常にきれいでそれまでの苦しさなど忘れてしまいました。
熱帯魚やサンゴ以外にも、鮫が見れたりしてとても幻想的でした。
夕食はドラゴン亭というところで、日本とパラオのちゃんぽん料理を食べました。
ササップという果物のジュースや、こうもりスープ(まるまる蝙蝠が入ってました!)など不思議な料理でも美味しく頂きました。
2007年09月11日
パラオ 1
9月3日、前々からいっていたパラオに行ってきました。
書くことが多いので、4回に分けてお送りいたします。
9月3日
今日は一日中飛行機生活でした。
6時間弱の道のりでしたが、乗り換えがあったりでバタバタしていたので、さほど苦ではありませんでした。
まあ、半分は寝ていたので苦も何もなかったわけですが・・・。
乗り換えはグアムです。
空港から出ていないので、そんなに印象はないのですが、大きな虹がみれたのはらっきーでした。
グアムで乗り換え手続きの時驚いたのが、空港職員の皆さんの日本語の達者さ。
いつ英語でNO!とか言われるかびくびくしていたので、日本語を聞けて安心できると共に、意思疎通可能は言語のありがたさを実感しました。
そんなこんなで、言語の重要さをかみしめて、ぐっすり寝込んでいいるうちに、いつの間にかパラオに到着。
空港からはホテルへバスで移動。
パラオはほとんど街灯がないため、夜は真っ暗です。
田舎の祖父の家といい勝負です。
でも、日本の田舎はただ何もないというだけなのですが、ここ、パラオは何があるのかわからないという不気味さを感じます。
夜ということもありますが、見知らぬ土地に来るということは、やはり見えない脅威を感じますね。
そんなこんなで、一日目終了。飛行機の旅は快適でした。
書くことが多いので、4回に分けてお送りいたします。
9月3日
今日は一日中飛行機生活でした。
6時間弱の道のりでしたが、乗り換えがあったりでバタバタしていたので、さほど苦ではありませんでした。
まあ、半分は寝ていたので苦も何もなかったわけですが・・・。
乗り換えはグアムです。
空港から出ていないので、そんなに印象はないのですが、大きな虹がみれたのはらっきーでした。
グアムで乗り換え手続きの時驚いたのが、空港職員の皆さんの日本語の達者さ。
いつ英語でNO!とか言われるかびくびくしていたので、日本語を聞けて安心できると共に、意思疎通可能は言語のありがたさを実感しました。
そんなこんなで、言語の重要さをかみしめて、ぐっすり寝込んでいいるうちに、いつの間にかパラオに到着。
空港からはホテルへバスで移動。
パラオはほとんど街灯がないため、夜は真っ暗です。
田舎の祖父の家といい勝負です。
でも、日本の田舎はただ何もないというだけなのですが、ここ、パラオは何があるのかわからないという不気味さを感じます。
夜ということもありますが、見知らぬ土地に来るということは、やはり見えない脅威を感じますね。
そんなこんなで、一日目終了。飛行機の旅は快適でした。


